掬ふ
若林哲哉

新涼や葉脈に似てシャツの皺
うすく影秋風鈴のあさがほに
夕鵙の雲を啄むばかりかな
糸瓜忌の空へ渦巻くモンブラン
蜻蛉のつがひを引き剥がす遊び
空港と港向き合ふ良夜かな
学校はつめたき匣ぞ草の花
夕霧の奥へバグパイプの行進
熟柿を脳の硬さと思ふなり
黄落や波紋のやうに石畳
路線図は島を略して青蜜柑
ゑのこ草摘んで膝窩の昏さかな
かれをばな天文台の屋根ひらく
値札みな赤で書かれて開戦日
オカリナに似てゆふぐれの浮寝鳥
拭きてよりポインセチアの映る窓
着替へずの躰を霜にあづけけり
旧道を来て冬蝶の国にゐる
歳晩や真つ直ぐ落つる塩胡椒
初日さす食虫植物の丸み
連なつてゆく人日の夜行バス
飛ぶまへにすこし息吸ふ百合
跳ね起きて竹に戻りぬ雪の竹
日脚伸ぶ箸を逃るる茹卵
発つ朝の雨しづかなり冬菫
春立つや海驢は背中から水へ
くらがりに立てば二月の木のこころ
立読のどの背も春雪に濡るる
多喜二忌やステーキ肉の筋を切り
賞状の筒の鳴きごゑ春の暮
標識の傾いてゐる遅日かな
花時を長き睫毛の君と住む
くちぶえの吸ふときも鳴る花曇
背を掻けば腹も痒くて万愚節
桜蘂降る犬小屋に窓ひとつ
くちびるの渇ききつたる蜃気楼
愛鳥日山のかたちにマヨネーズ
はつ夏や紅茶に変はる水と粉
どちらかと言へば達筆鱧の皮
花みかん鋏洗へばみづ重く
蛇迷ふ弓道場のしづけさに
百合くべて百合のかをりの焔かな
かんばせのあまねく湿る螢狩
滴りやジャコメッティのやうに樹が
うつくしくねぢのはづれて扇風機
草笛にせし草の名を知らざりき
常体のつめたさに似て誘蛾灯
肌脱の男と水を注ぎあへり
ぢりぢりと花を失ふ胡瓜かな
夜の海を掬へば色のなき晩夏


作者プロフィール
1998年静岡県浜松市生まれ。幼少より石川県金沢市に住む。『南風』所属、『奎』同人、金沢大学俳句会代表、『WHAT』編集部。
ウィンドウを閉じる