匣の家
藤実
半焼がまるごと濡れて春の火事
綿雪や何もかもやはらかく煮え
知識とは粉まみれなる蝶の羽
沈丁花つぎからつぎに忘れだす
軟骨の奥歯にたのし不器男の忌
風光る道いつぽんを間違へて
はくれん崩るるは逸脱の寓話
コロッケのふつふつ揚がる啓蟄よ
墓石の天へ長きや竹の秋
蝌蚪の国なら配線の混み合ひぬ
輪に濡れるテーブルクロス朧月
星は夜に鰆は味噌に絡めらる
匙の柄のト音記号や卒業す
人影のひときは昏き桜かな
花筏荒らす遊びに飽きたらぬ
月は春たまごボーロの湿気たれば
花過ぎのお冷やかろんと眠くなる
春の赤子が次々と乗り込むよ
星空を揺らし無人のふらここは
八重桜ぽてんとぽてん雨もよひ
遠足の写真のやうに仲良くす
白波をあげて汽船や松の花
藤の枝に藤引つかかる空となる
雨粒は雨粒に濡れ聖五月
新樹光ぱふつと人形より空気
ベランダを突き出て垂るる鯉幟
たらちねの母の日湯桶ころがるよ
雨みちて昼に明るき薔薇あまた
薬降る熊野に私史の嵩高く
配流とは蜂ふるへたる花の中
ジューンドロップ踏む纏足の置きどころ
黙考のまはりを額の咲きにけり
海霧濃しや岬をひたと匿つて
みづすこしゆれて尾鰭より琉金
夜の風を浮人形と萎びけり
虹立ちて虹の消えざる来世は嫌
馬冷す無花果色の夕空に
サンダルの片つぽくはへ消えにけり
ガウディの死後峰雲の育つ育つ
漕ぎ出して燃ゆる夏蝶を見たか
背泳ぎと空を同じくする身体
海峡の波に昼寝の二等室
欺瞞充ちみちて凌霄花吹き上がる
とほくに象死んで熟れゆく夜のバナナ
くちなはのひかりつめたく泳ぎけり
ゆふだちと言うて嬉しき木のかたち
カンナカンナ火見櫓の火の見頃
ひと群をひかりの群として蜻蛉
野分晴パスタに芯の残りけり
桔梗の水より清き色を咲く
コルトレーン桃のうぶ毛をふるはせて
金風や馬の横腹盛り上がり
雨脚の始めは弱くななかまど
コスモスのひかり囲ひにされてゐる
茎容れて吸はれながらに水澄めり
和毛
(にこげ)浮く囮でありしものの上
美
(うま)し国なりしがけふに冷ゆる海
こほろぎの火燭の中を鳴きゐたり
卵管は暗渠で蘆の伸びて咲く
床下に小鳥あつまる匣の家
えのきくすのき色なき風をあふれしむ
鞭はしる馬と尾花の荒ぶるを
花すすき最もひかり吹いて海
初冬や焔
(ほむら)に濡るる黒砂糖
捕鯨船ゆめのくぢらと鳴きあひぬ
近松忌目玉の中の塩の味
本堂の燃ゆるは冬の青空へ
狐火の一匹として鳴きにけり
朽野は濡れてゐる廃車のシート
元日の鶏の足こつちを向いてゐる
シャガールの蒼ひたひたと初夢は
膕
(ひかがみ)の昏さとおもふ炬燵かな
胎内に一回やすむ絵双六
冬凪の碧
(みどり)を巨石聳えけり
初東風や水軍の長
(をさ)ねむる森
山茶花を轢きつづけ轢きつづけゆく
蝋燭の溶けきつてなほ風花す
立方の部屋立体の紙マスク
焚火かの兎を入れて愛しめり
肌に雪ふれてこの身の循環器
嘶きをとほくに雪のひかりあふ
作者プロフィール
1976年生まれ。松山市在住。第三回芝不器男俳句新人賞城戸朱理奨励賞受賞。