ヒロヒト
三津浜わたる

餅まきの前の黙祷春霰
春の土バットで書かれゐしスコア
バスケットリングに春の雫かな
助手席にワインを乗せて春の月
囀や目薬頬にこぼしたる
九番目の鳥居傾く春の山
春光の釘の頭を叩きをり
春宵やパン屋はパンの色をして
カーボンの文字よそよそし黄砂降る
つばめつばめETCのバー上がる
灯台とヤキソバパンと春の虹
春うらら漁船に島の障子積み
タクシーの無線がやがや花の雨
理髪師の無口でありしシクラメン
町朧ギターケースにコイン投ぐ
春満月チェロ弾くやうに抱擁す
チェーサーに椿を挿して帰りたる
石鹸であたまを洗ふ昭和の日
ゆく春のボレロ四分の三拍子
新茶淹れフランスのこと未来のこと
鉋引き南風へ放つ鉋屑
病室の小さき地球儀麦の秋
街宣車薄暑の街を帰りゆく
少年の義足に触るる芥子の花
おにぎりの海苔破れたり夏の蝶
滑走路は眩しき海へ沖縄忌
短夜の地下へと降りる酒場かな
米兵騒ぐ夜の冷蔵庫唸りをり
うどん屋のレジに置かれしサングラス
涼しさへBB弾をうちこみぬ
雲の峰ルアー見せあふ子のつむじ
海の日やレコード盤にある起伏
心太突きやり死刑廃止論
水無月のエレキギターの弾く国歌
ヒロシマや入道雲の勃起せり
君が代は歌はず爆心地の蟻
折鶴束ねられ重ねられ被爆地のナイター
八月の教科書に落つ煙草の灰
ポケットに残る半券星祭
遠花火母校のフェンス乗り越えむ
のこぎりの道曲がりゆく法師蝉
左手の爪のペンキやオクラ食ふ
欠損の指先まるくちつち蝉
秋涼し大皿に撒く柿の種
壁を刺す二百十日のダーツかな
海峡や砲台跡のきりぎりす
圏外の携帯九月十一日
爽やかにロープ荷物を飛び越えぬ
ハンカチは柵にくくられ秋の海
敬老の日のヒロヒトのまるめがね
亡国の兆し秋刀魚燃ゆる燃ゆる
コスモスの触れて軽トラ停まりたる
長き夜のルーペに映る諭吉かな
秋の田のヘッドライトの影荒し
この犬を探しています秋夕焼
ジョッキーの尻高々と豊の秋
トラックの荷台の木の実掃かれをり
仏壇の百円ライター柿たわわ
カラヤンの突き出す顎や秋の果
冷まじきものを挟んでゐるノギス
作業場に猫のあしあと今朝の冬
一茶忌の賞味期限を見過ごしぬ
碑の詠人知らず帰り花
掃除機の音符のやうに立つ小春
おでん皿震はせフェリー出航す
墨つぼにしぐるる鶴と亀の彫り
吸殻のフィルター黒し山眠る
白鳥のかたちに眠るショベルカー
漱石忌のタクシーに聞く落語かな
はつ雪やビルの底ひの交差点
サンタクロースに煙草火を貰ひけり
少女ら凭れシャッターの冬ざるる
木枯らしやいいちこ注げば鳴く氷
文藝春秋伏せる聖夜のカウンター
つり革をはこぶ終電十二月
マスターへ酌して除夜の将棋かな
あらたまの大貧民となりにけり
すれちがふ格子の影や福寿草
人日のボトルキープの偽名なり
雪の夜の腿にをんなの重さかな
少年や暗渠に雪の降り積もる


作者プロフィール
1969年生まれ。第4回俳句甲子園の神野紗希さんの作品を見て俳句をはじめる。第16回俳句甲子園実行委員長。
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